追悼 アート・ウッド
あのモッズ・バンド、アートウッズのリーダーであり、大酒飲み・・・
アート・ウッドが11月3日に前立腺癌で亡くなられました。
葬儀は12月1日に予定されているとの事で、
少しばかりアート・ウッドをふり返ってみます。

アート・ウッド。(左から2番目の人)
1937年7月7日、ロンドン生まれ。
あのローリング・ストーンズのロン・ウッドの兄ちゃんで知られていますが、
自らもアートウッズなるモッズ・バンドを率いて60年代に活躍。
そのダミ声ヴォーカルは強烈で、
あのアレクシス・コーナーのブルース・インコーポレイティッドにも参加。
その当時のドラムにはチャーリー・ワッツがプレイ。
時折ゲスト・ヴォーカルとして若きミック・ジャガーも歌っていたという。
アレクシス・コーナーから独立し、自らバンマスとして組んだバンド、
アート・ウッズ・コンボが発展したアートウッズは、
硬派なブルース、R&Bをプレイし、ライヴは大ウケだったらしく、
モッズ・バンドではフーの前身ハイ・ナンバーズに続いてレコード契約をゲット。
しかし、契約したデッカの勘違いポップ路線により、
レコードの方のセールスはさっぱり。

しかし、当時デッカにいたマイク・ヴァーノンの後押しにより
なんとかアルバム『 ART GALLERY 』をリリース。
後にディープ・パープルで有名になるジョン・ロードのブリブリのオルガン・サウンドが主体の
カッチョいーモッズ・サウンドが聴けます。
当時このアルバムはほとんど売れなかったらしいので、超レア物でしたが、
repartoireによってCD化されたことによって、
今では手軽に聴くことができます。
きっと、これ持ってないモッズ好きはいないでしょう。

またアートウッズの裏ハナシは、
アートウッズのドラマーだったキーフ・ハートリーの自伝
「ブリックヤード・ブルース」でもチラホラ出てきて、かなり楽しめます。
さて、ライヴでのカッコイー兄ちゃんに影響を受けて、
同じ頃、ロン・ウッドもバーズ、クリエイションとモッズ・バンドに参加。
ライヴは大好評なのに、レコードが売れず
なかなかブレイクできないアートウッズは迷走、
「セント・ヴァレンタインズ・デイ・マサカー」と改名して、
ギャング・スターを気取りドツボへ・・・そして解散。
しかし1969年、
スティーヴ・マリオットが抜けて困っていたスモール・フェイセズの3人と、
ジェフ・ベックのわがままで困っていたロンとロッド・スチュワートが合体。

アートはスーパー・グループ、クワイエット・メロンを結成する。
しかし、数回のギグでプレイするも僅か3ヶ月ほどで消滅。
『 ART WOOD'S QUIET MELON 』などで聴ける当時のサウンドを聴くと、
とんでもなく素晴らしいので、「たられば」のハナシだけれど、
もし、このバンドが継続してアルバムが作られていればと思うと・・・
ラフ&ファンキー&グルーヴィーでカッコいーサウンドっす。
ホントに幻となったのは惜しい。
まぁ、いろいろな事があったのでしょうが、
真相は今となってはわかりません。
このセッションでのサウンド・アイデアを引き継いで、
アートを除くメンバーはフェイセズを結成してスーパー・スターへ。
一方、アートは音楽業界から引退し、
兄テッドのグラフィック・デザイン会社「 West Four 」に加わり、
グラフィック・デザイナーへ転身。

しかし音楽は生活の一部というアート・ウッド。
時折、ダウンライナーズ・セクトの連中らと共に、
クラブでのギグを楽しんでいたようだが、
その延長からか、クワイエット・メロンの名で復活。
1998年に『 MONEY DUE 』なるアルバムがリリースされる。
ダウンライナーズ・セクトやキンクスのメンバーで構成された
ツワモノぞろいのバンドだ。
まぁ正直、第一線に躍り出るような内容ではないけれど、
ブリティッシュR&Bが聴ける、なかなかの好アルバムである。
そして、このアルバムではロン、テッド、そしてアートの
仲良し鼻デカ大酒のみウッド兄弟の共演も聴けます。
その後も、アート・ウッドはパブで定期的にライヴをされていたようですが、
2006年11月3日に亡くなってしまいました。
享年69才。
ミュージックとグラフィックとアルコールが大好きなアート・ウッド。
アチラの世界でもきっと酔っ払いながら、
絵を描いたり、楽しくスーパー・セッションしたりしてるんじゃないかな。
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